弱小医局で2年半過ごして考えること。医師3年目の職場の決め方。

 緊急事態宣言も解除され、徐々に日常を取り戻しつつある世の中で、今年研修を修了する先生、はたまた今年マッチングを受ける医学生、本当に例年にも増して大変な思いをしていることでしょう。

 例年であれば、この時期にどこの医局や病院も研修医の説明会や勧誘を積極的に行い、研修医の先生はその場で実際のその医局の雰囲気、働き方等加味した上で入局先を決定できます。しかしコロナの影響で今年はそれが今の所、難しいですね。

 私自身の経験で入局先の決定に少しでも役に立つことがあればいいと思い、書き記しておきます。

  私は都内大学病院の小児科に入局という形で勤務しております。しかし、世間一般にみると『弱小医局』にカテゴライズされる職場で勤務しています。

ここでいう『弱小医局』の定義は規模が縮小傾向で、医局員の数が例年減っており、関連病院も含めた当直を回すことで精一杯な医局としておきます。日々の診療レベルが低いとか、研究の実績が悪いとか、患者さんからの人気がないとかはひとまず置いておきます。

私が入局先を迷っていた研修医2年目時も私の医局は『弱小医局』に片足を突っ込んでいたかもしれません。現在はその状態の中で何とか持ちこたえていた状況ですが崩れそうなところにまできています。(何病院か手放さしさないと当直がまわらない状況になりました、、、)

では何で私はそんな『弱小医局』に入局したかというと、

1医局の雰囲気が自分にあっている気がした。(少なくともキレる先生はいなかった。)

2『弱小医局』だからこそできることがあるのではないかと考えていた。

3『弱小医局』から『強豪医局』へ自分やその周辺の代で変えられたら楽しいのではないかと考えていた。

今思えば以上3点があったように考えます。

1、皆さん考えることだと思います。私は自分自身怒ることがほぼない性格です。それなのに周囲にキレやすい性格の人がいる環境では働きたくないなと考えていました。キレる人はキレる人同士で働くことがお互いのためです。まずは何より自分が働いていストレスの少ない職場であるかは最も大事だと思います。

2、実際『弱小医局』だからこそできたことはあったかというと、今の所です。

  • 医局内の争いが少ない
  • 珍しい症例の取り合いが少ない
  • 自分の思うように大学院の研究が進められる
  • 外勤が多く振り分けられる
  • 後々は海外留学等もおとなしくお利口にしていれば行けるよと言われている

特に大学院の研究が非常にやりやすいこと、海外留学も自然な流れでいけることは魅力的でいいことだと思います。

3、医局を変えるなんていきったことを考えていましたが、この2年間で少しでもかえられたかというと×××です。2年間の小児科入局者数ー退局者数がマイナスであることが現状を物語っています。

小児科興味ありますと言ってくれた研修医の先生、勉強になる症例を一緒に見た研修医の先生、飲み会をよくやった研修医の先生、当科に入局はせず、それぞれの道で頑張っています。

医局を変えると偉そうなことを考えていましたが、今のところ何も貢献できませんでした。

以上から今私は医局に入ったことを後悔しているかというと不思議とそんなことはなく、医局をやめたいとも今の所は思っていません。現在も微力ながら少しでも貢献できればいいなと考えています。

 来年小児科専門医を取得して、その後本格的に専門分野の勉強もさせて頂いて、大学院を卒業して学位も取得できればいいな、一人でも多くの入局者、小児科専門医を目指す後輩が入ってくれればそれで満足という考え方に変わってきています。当たり前のことを当たり前にこなせる環境はむしろありがたいなと感じます。

 入局先、考えようによってはどこに入っても『住めば都』なのかもしれません。自分はどのような雰囲気の医局があっているのかを考慮した上で、決まってしまえばそこを都だと信じてしばらくやっていきましょう。それでもし万が一合わなければ、折角日本全国どこに行っても通じる医師免許を取得されたので、スパッと転職するのもありだと私は思います。

一人でも多くの先生が働きやすい職場でご自身の能力を遺憾なく発揮していただけるように願っています。   Dr.F

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